2019年3月31日「罪を焼き尽くす神」マタイの福音書第3章1節〜12節 岩本遠億牧師

2019年3月31日「罪を焼き尽くす神」マタイの福音書第3章1節〜12節 岩本遠億牧師

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Beschreibung

vor 6 Jahren

「罪を焼き尽くす神」マタイの福音書第3章1節〜12節 岩本遠億牧師





マタイの福音書 3章1~12節


“そのころバプテスマのヨハネが現れ、ユダヤの荒野で教えを宣べ伝えて、「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから」と言った。この人は、預言者イザヤによって「荒野で叫ぶ者の声がする。『主の道を用意せよ。主の通られる道をまっすぐにせよ』」と言われた人である。


このヨハネはらくだの毛の衣をまとい、腰には革の帯を締め、その食べ物はいなごと野蜜であった。そのころ、エルサレム、ユダヤ全土、ヨルダン川周辺のすべての地域から、人々がヨハネのもとにやって来て、自分の罪を告白し、ヨルダン川で彼からバプテスマを受けていた。


ヨハネは、大勢のパリサイ人やサドカイ人が、バプテスマを受けに来るのを見ると、彼らに言った。「まむしの子孫たち、だれが、迫り来る怒りを逃れるようにと教えたのか。それなら、悔い改めにふさわしい実を結びなさい。


あなたがたは、『われわれの父はアブラハムだ』と心の中で思ってはいけません。言っておきますが、神はこれらの石ころからでも、アブラハムの子らを起こすことができるのです。斧はすでに木の根元に置かれています。だから、良い実を結ばない木はすべて切り倒されて、火に投げ込まれます。


私はあなたがたに、悔い改めのバプテスマを水で授けていますが、私の後に来られる方は私よりも力のある方です。私には、その方の履き物を脱がせて差し上げる資格もありません。その方は聖霊と火であなたがたにバプテスマを授けられます。また手に箕を持って、ご自分の脱穀場を隅々まで掃ききよめられます。麦を集めて倉に納め、殻を消えない火で焼き尽くされます。」”


+++


洗礼者ヨハネ


イエス・キリストの出現の道備えの働き


預言者イザヤ(紀元前8世紀後半)による預言


「荒野で叫ぶ者の声がする。『主の道を用意せよ。主の通られる道をまっすぐにせよ。』」





マラキ書4:5-6


「見よ。わたしは、主の大いなる恐るべき日が来る前に、預言者エリヤをあなたがたに遣わす。彼は、父の心を子に向けさせ、子の心を父に向けさせる。それは、わたしが来て、この地を聖絶のものとして打ち滅ぼすことのないようにするためである。」





神の国(=神の支配)の到来


罪は、神の聖の臨在の中に存在することができない


神に背を向けて生きている者たち、神の律法に従わない者たちが聖絶される(=火で焼き尽くされる)


罪の赦し、罪から神への立ち帰りが必須





主の道を備える


=罪から離れ、神に立ち帰る


=ヨハネによる洗礼運動





ヨハネによる洗礼運動


・神への立ち帰りのための一生涯に一度の洗礼


・ヨハネによる授洗


・道徳的倫理的な神の義の実践を求める





伝統的ユダヤの洗礼との違い


  ・ユダヤ教への改宗(自ら洗礼割礼)


クムラン(死海近く)のエッセネ派との違い


  ・何度も自ら身を水に浸して清める





1世紀以上に渡り地中海世界に多大の影響


「エルサレム、ユダヤ全土、ヨルダン川周辺のすべての地域から人々がやってきて自分の罪を告白し、ヨルダン川で彼からバプテスマを受けていた。」





罪の告白罪(神から離れていること)を認める


   


神への立ち帰り=神こそ自分の本質が存在するところであることを知る





個人個人の罪の意識伝統的ユダヤの理解


自分では自分を清められないエッセネ派





エルサレムから調査団(パリサイ派、サドカイ派)


×大勢のパリサイ人やサドカイ人がバプテスマを受けに来るのを見ると


大勢のパリサイ人やサドカイ人がバプテスマの現場に来るのを見ると





ヨハネによる警告


神の怒りの火から救われる道


立ち帰りにふさわしい実(愛と義の実践)


×アブラハムの血統は保証にならない





私の後に来られる方(イエス・キリスト)


聖霊と火でバプテスマする方





ヨハネの理解


神に背を向ける者たちを焼き尽くす神の支配


=キリストの支配


・・・一面的な教え





イエス・キリストの神の支配


イエスは彼らにこう答えられた。「あなたがたは行って、自分たちが見たり聞いたりしたことをヨハネに伝えなさい。目の見えない者たちが見、足の不自由な者たちが歩き、ツァラアトに冒された者たちがきよめられ、耳の聞こえない者たちが聞き、死人たちが生き返り、貧しい者たちに福音が伝えられています。ルカの福音書 7章22節





イエス・キリストにとっての神の火(旧約聖書の記述)


1. 罪に対する神の怒り(聖絶)の火


2. 傷のない完全な捧げ物を焼き尽くす火


3. 汚れを取り除き清める火





別々の火ではなく、同じ火。


1. 神に焼き尽くされるべき者たちの代わりに自らが焼き尽くされる=十字架の贖い


2. 自らを完全な燔祭(全焼の小羊)として十字架に献げる


3. 罪人たちに聖霊の火を注ぎ、汚れを取り除き清める





“わたしは、地上に火を投げ込むために来ました。火がすでに燃えていたらと、どんなに願っていることでしょう。わたしには受けるべきバプテスマ(十字架と復活)があります。それが成し遂げられるまで、わたしはどれほど苦しむことでしょう。”ルカの福音書 12章49~50節





二人は話し合った。「道々お話しくださる間、私たちに聖書を説き明かしてくださる間、私たちの心は内で燃えていたではないか。」ルカの福音書 24章32節

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